3/西蓮寺春



   時刻は午後5時を回ろうとしている。
 人の行き交う雑踏が心地よく感じながら、二人はディナータイムに向けて少しずつ客の入り始めたファミリーレストランに向かった。
 辺りに視線をやると、目まぐるしく行き交う人々の中にちらほらと学生服が映る。
 空気を暖かく感じる。
 視界に映るのは笑顔、幸せそうな人々ばかりだ。
 「チョコレートパフェとドリンクバー、春もそれでいい?」
 「うん、それがいい」
 桜の顔も綻んでいる。
 こう浮ついた空気も悪くないかな、と思えた。
 頼むのはデザートとソフトドリンクの飲み放題。
 二人とも金銭的に問題は無かったが、そう長い時間滞在する訳にはいかなかった。
 日も暮れ始めている。
 畏まりました、と形式的に頭を下げてテーブルを去っていく従業員を尻目に確認して、ようやく息をつく。
 「なに? 緊張してるんだ?」
 可笑しそうに彼女は笑う。
 春は内心、不安だった。
 学校外での付き合いなんて数えるほどだ。  しかも相手は同い年の女の子、これが緊張せずにいられようか。
 「別に、別にー? 別に緊張なんかしてないよ」
 不思議と、桜の前では素直になれない自分がいることに春は気付く。
 桜の前では情けないトコを見せたくなかった。
 「あはは、別にって3回も言ってるよ」
 同年代の少女に比べれば大人びた桜の笑顔は、譬えようもなく可憐だった。
 顔が、急速に熱くなっていくのがわかる。
 “――ああ、恥ずかしい・・・”
 「春ってさ、もしかしてファミレスに来るの初めてだったりしないよね?」
 「まさか、今日で2回目だよ」
 そんなに落ち着きなかっただろうか、と少し不安になる。
 「2回!? ほんとに? いままで生きてきて!?」
 かつて一度だけ、叔母さんが連れて来てくれた事があったはずだ。
 「本当に。何? そんなに緊張してるように見えたの?」
 確かに不慣れであることには間違いないが。
 何なんだろう、この驚き様は。
 「いや、ああ・・・、そっか・・・・・・」
 ようやく合点が行ったというように、きれいな長髪を小さく揺らして頷く桜。
 「――・・・?」
 「春のお家って、お金持ちだったんだよね。うん、納得」
 その言葉で、少し思い当った。
 「――――そんなにおかしいかな? そんなに少ない?」
 「うん、少ないね」
 即答である。
 どうやら推測は間違っていなかった様だ。
 “――でも、あれ? お金持ち?――”
 少し、違和感が残る。
 「あのさ、お金持ちって関係なくない? いや、寧ろ外食の方がお金掛かるでしょう?」
 確かに春の家では、この百貨店内にあるどのレストランよりも豪華な食事が用意されている。
 しかし、給仕を雇うほどに金銭的に余裕のない一般に言われるオカネモチを鑑みるに日々の忙しさに加えて自炊する暇がある はずもなく、その多くが外食になるだろう。
 だが中流からそれ以下の一般家庭はどうだろうか。余所で食べるよりも自炊する方が安上がりな以上、レストランを好んで多用するとも思えないが・・・。
 「それもそうだけど、春は致命的な勘違いをしているわ」
 桜は諭す母親のような表情をしている。
致命的な勘違い――――。
 反芻するように、その言葉を吟味する。
 致命的なカンチガイ・・・・・・――。
 「あ、そうか、ここは――――」
 「――正解。ファミリーレストランよ」
 途方もなく優れたCPUで、役に立ちもしない雑学的な記憶の中を検索していくイメージ。
 そうして、思い当った。
 ファミリーレストランとは、その名の通り家族連れに対応した業態で、質と量ともに大衆的低価格で満腹感を――――、そんなことより。
 向けられた笑顔が眩しかった。
 「そうだ、飲み物持ってくるよ。何がいい?」
 少し、時間をおいてこの動悸を鎮めたい。
 落ち着こう。
 これ以上、情けないところは見せる訳にはいかない。
 思い返せば、せっかくの誘いなのに、いまいち格好の良い所を見せられていない――――
 「いいよ、私も行くー」
 ――いや、別に桜に良く思われたいとかそういうわけでなく。
 いや待て、落ち着こう。そもそも僕と桜はただのクラスメイト。ただ少し特別仲のいいクラスメイト、そういう関係の――――
 ――特別。
 確かに、僕等は仲が良い。  同学年で自分達ほど仲のいい男女は見たことがない。この場合、男女と表現したことにやましい意味はなく、単に僕らが生物 学的に鑑みると男性と女性に分けられることに応じたものであり、特別僕が桜を女性として意識しているということを示唆するものでは断じてない。
 しかし、桜の何気ない表情に、仕草にどうしようもなく反応してしまうのは何故なのか。
 心当たりが、無いこともなかった。
 「春? どうしたの?」
 静謐な瞳も――
 「いいや、なんでもない。行こう、桜」
 大人びた顔立ちも――――
 「うん。――そうだ、春はドリンクバーでいろんな飲み物をミックスしたことある?」
 透きとおった声音も――――――
 「えー、なにそれ。ちょっと下品だな・・・」
 ――――――僕の胸のあたりをギュッと掴んで離さない。