1/西蓮寺春


2004.04.06

「新入生諸君には―――」
 着慣れない真新しい制服に身を包み、少年達は新しい門出を迎えていた。
 既に中学校で修学する悉くを既に修めていた少年も他の生徒達と同じように、その未発達な体の内に小さな不安と大きな期待を秘めていた。
 鉄骨コンクリート工法によって柱のない空間を成している市立東中学校体育館。
 換気の為に開け放たれている出入口から、まだ少し肌寒い春の息吹を受けて、微かに震える自身を静め、奮い立たせるように、少年は小さく深く呼吸した。
 少年は緊張していた。
 中学生として日々を送っていく中で新たに増えるであろう友人と、平穏無事な生活を紡いでいけるのかどうか。先輩達は怖くないだろうか。いじめはないだろうか。
 神童としてその名を周知のモノとしていた少年も、その心は少しマセただけの少年のモノだったのだから。

「西蓮寺春くん、ですよね・・・?」
 入学式が滞りなく終了すると、出生順に基づいて作られた出席番号を割り当てられる。
 番号順に並べられた席に向かうと、既に隣の席には少女が緊張した面持ちで座っていた。
 知らない人に自分の名が知られているというのはあまり心地よいものではないが、幼い頃より沢山の大人に囲まれて育った春にはもう慣れたものである。
「はい、そうですよ」
 椅子を引いて席に着く。
 相手の緊張を解くように配慮して、友好的に笑みを浮かべる。
 社交辞令も板についたものだ。
「あ、と、あの・・・、桜です」
 緊張は解けず、寧ろ高まったと見える。
 桜と名乗った少女は、春より少し背が高い。
 静謐な黒い瞳が春のソレと似ていて、どこか親しみやすい印象を受ける。
 春自身、気付かぬうちに桜を気に入ってしまっていた。
 気付けば握手を求めて、手を差し伸べている自身に驚く。
 人見知りをする春は、自分から人と接するのが苦手であったが、自分より背が高く大人びた顔立ちをしていながら、緊張に震えている桜に小さな庇護欲を覚えた。
「初めまして、桜さん。よろしくお願いします」
 小さな力で、握り返す白い手はやはり震えていて、しかし確かな温もりを帯びていた。